「努力すれば報われる」「学歴は正義」「頑張った人が成功するのは当然」――
私たちが長く信じてきたこれらの価値観に、マイケル・サンデルは鋭く異議を唱えます。
本書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』は、現代社会の根幹をなす「能力主義(メリトクラシー)」の落とし穴を、道徳哲学と政治哲学の視点から問い直す力作です。

著者|マイケル・サンデルとは?
マイケル・サンデルは、ハーバード大学の政治哲学者です。
世界的ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』や、NHKでも話題となった「白熱教室」で広く知られる存在です。
サンデルの魅力は、抽象的な倫理や哲学の議論を、身近で具体的な事例と結びつける力にあります。本書でも、「アメリカ名門大学の不正入試事件」「トランプ支持層の怒り」「仕事と尊厳」などのトピックを通じ、現代社会に潜む深い問題を掘り起こします。
能力主義の「公正さ」は本当か?
能力主義とは、「努力や才能によって成果が決まるべきだ」という考え方です。一見、公平で開かれた社会を実現する理念のように思えます。
しかし、サンデルは問います。この原理は本当に、公正な社会をもたらしているのか?
彼が示すのは、能力主義がもたらす二重の弊害です。
- 成功した者は「自分は努力で勝ち取った」と思い込み、傲慢になる
- 失敗した者は「自分の責任」とされ、自己否定に陥る
「誰でも頑張れば成功できる」というストーリーは、同時に「成功できないのは頑張らなかったから」という責めを生みます。これは、敗者への共感や支援を切り捨てる、冷酷な社会の根を成してしまうのです。
実力も、運のうち
サンデルは、成功や失敗の背景には必ず「運(Luck)」があることを強調します。
育った家庭環境、通った学校、出会った人、時代背景、健康――これらはすべて、自分では選べないものです。
それを忘れて「成功=実力」と思い込んだとき、人は他者への理解や謙虚さを失います。
「実力も運のうち」———この一言は、成功者にこそ求められる視座であり、他者と共に生きるための前提です。
この視点が社会に共有されていれば、人と人の間に「連帯(Solidarity)」が生まれます。競争の勝者だけが称賛される社会から、互いに支え合う社会への価値転換――それが、サンデルが本書を通じて提起する核心です。
まとめ
本書は、努力や才能の価値を否定するものではありません。むしろ、努力が実を結ぶためには「前提」が必要であり、その前提が社会によって支えられていることを忘れてはならない――と語りかけています。
自分の成功を“当然”とせず、そこに至る背景に想像力を持つこと。異なる立場の人を、見下さず、共に生きる仲間として尊重すること。
それこそが、分断と格差が深まるいま、私たちに必要な「謙虚さ」と「共感」です。
能力主義が正義とされる時代だからこそ、本書を通して、もう一度「正義とは何か」「人間の尊厳とは何か」 をじっくり考えてみてはいかがでしょうか。


