『資本主義の中で生きるということ』(岩井克人著)|「幸福はおカネでは買えない」と誰もが言える社会

ウクライナ戦争、気候危機、貧富の格差、そしてAIによる仕事の代替――。 私たちは、かつてないスピードで変化する資本主義社会の中で生きています。

この記事では、経済学者・岩井克人氏による『資本主義の中で生きるということ』を読み、 「資本主義とは何か」「この仕組みの中で人間らしく生きるにはどうすればよいのか」について考えたことをまとめました。

著:岩井克人
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著者紹介|岩井克人とは?

岩井克人(いわい・かつひと)氏は、東京大学名誉教授・経済学博士。数理経済学、制度論、貨幣論、資本主義論などの分野で多くの業績を残しており、『ヴェブレンの思想』『貨幣論』『会社はこれからどうなるのか』などの著作でも知られます。

哲学や法、社会制度といった視点も柔軟に取り入れながら、経済を「人間の営み」として捉え直すその姿勢は、日本におけるポストモダン経済学の先駆とも言える存在です。

本書はその岩井氏が、資本主義社会に生きる私たちに向けて語りかけるように綴った、短編エッセイ集です。

なぜ今、この本を読むべきか?

今、世界中で広がる不安や分断の背景には、「資本主義という仕組みそのものが本当に持続可能なのか?」という根本的な問いが横たわっています。

  • なぜモノが溢れても、人々の幸福感は満たされないのか?
  • なぜ経済が成長しても、「将来が不安」と感じる人が減らないのか?
  • なぜ格差や排除が、見て見ぬふりをされ続けているのか?

岩井氏はこうした問いに対して、経済というシステムの奥にある「人間の在り方」や「制度の設計」に目を向け、
現代を生きる私たちの不安や違和感の正体を、ひとつひとつ丁寧に言葉にしてくれます。

経済学者・岩井氏が語る「幸福論」

岩井氏は、あらゆる「幸福論」が最終的に帰着するのは、たったひとつの真理だと述べています。

それは、「幸福はおカネでは買えない」ということ。

しかしこの真理は、ピタゴラスの定理のように証明可能なものではありません。著者によれば、それは演繹的ではなく「経験的な真理」だというのです。

“「幸福はおカネでは買えない」という言葉が七歳の子供から出てきても、空疎にしか響きません。だが、その同じ言葉が七十七歳の老人から出てきたときには、それは人生の知恵が詰まった言葉として響いてくるはずです。”

幸福とは、頭で理解するものではなく、自らの幸不幸を経験し、他者の人生に共感し、物語や芸術を通じて何度も追体験しながら、少しずつ心に染み込んでいくようなものなのです。

「幸福はおカネで買えない」と誰もが言える社会を目指して

では、この凡庸ともいえる真理に、私たちはどうすれば辿りつけるのでしょうか。

岩井氏は、「おカネで買えるものすら買えない社会」は不幸であり、そうした社会では「幸福はおカネで買えない」という真理に触れることすらできないと語ります。

飢えや失業、無知、病気、公害、不安……。これらが蔓延する環境では、人は生きることに精一杯で、「おカネを超えた幸福」に向き合う余裕など持てません。

逆に言えば、教育や医療、社会保障といった社会的共通資本がしっかりと整った社会であってこそ、ようやく人は、経験のなかで真の幸福に気づく余地を持てるのです。

岩井氏はこの点に、経済学と幸福論の交差点を見出します。それはつまり、一人ひとりが「幸福はおカネで買えない」という経験的真理にたどり着けるような社会を、いかに築いていくか——そこに現代の経済学の使命があるのだと。

まとめ

本書『資本主義の中で生きるということ』は、経済学の枠を越えて、今を生きるすべての人に「どう生きるか」を問いかける一冊です。

資本主義の枠組みを否定するのではなく、そのなかでどうすれば人間の尊厳や感情、共感を守っていけるのか。

そして、「幸福とは何か」という問いに、経験を通してどう向き合うのか。

岩井克人氏の深い思索は、変化のただ中にいる私たちに、もう一度立ち止まって考える余白を与えてくれます。

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